太平洋に浮かぶ孤島ハワイ。人々の身近に存在し海の素晴らしさから怖さまで何でも教えてくれる素朴な男達は“Waterman(ウォーターマン)”と呼ばれ尊敬されています。彼らは祖先がかつて渡ってきたタヒチへの海の道をめざし、民族の歴史を辿る航海を成功させ自らのアイデンティティを取り戻しました。一方、かつて大正から昭和にかけてサバニを駆使し、太平洋からインド洋に及ぶ広大な海 を漁場として掛けめぐった沖縄・糸満(いとまん)の漁撈がいました。海と共に生きる為の知恵と体力を持ち、水平線の彼方へ旅する男達の勇敢な姿をみた周囲の人々は、彼らに希望と夢を託し敬意を込めて海人(ウミンチュ)と呼びました。 同じ島国である日本とハワイにおいてその呼び名の意味は変わりませんが、サーフィンやパドリングに代表されるオーシャンスポーツで活躍するようになったウォーターマン達の一方で、ワールドワイドな海人の能力は戦後の経済発展に伴う漁船の進化のために徐々に失われてきました。小さな舟で、大海原を進んだ先人たち。彼らにとって地球は国境も人種もない世界でした。先人たちの勇気と知恵やオリジナリティー溢れる工作技術。昔の人々は海に生きる場合も、山に生きる場合も土着の知恵や道具を豊かに持っていたのです。 世界最初の大航海時代、紀元前3500年頃に中国南東部を起源とするモンゴロイドが台湾、沖縄地方、そしてはるかポリネシア圏へと旅立ったことを考えると、つい30年前ほどまで沖縄周辺の海に繰り出していった琉球の海の民に、日本人に刻まれた縄文時代から綿々と続く海洋民族としての気質や誇り高き勇気に、長い歴史の繋がりを感じてやみません。
昼夜問わず仕事に終われる現代人は、便利になりすぎた都会生活で健康に対する価値感が薄れています。その結果自らの健康だけでなく本来人間が持っている五感の力さえも衰え、やがて山や海の自然に対する敬意も失っていきます。自分は毎回外洋の荒波の中で揉まれながら、海という自然のフィールドで戦ってきた10年間のアスリート生活を通じて学んだ事。それは人間が自然に対しいかに無力な生き物かということを痛感したとき、勝敗以外の価値観を見直すことができるということでした。勝ち負けを競う以外で我々が守っていかなければいけない新たな価値を海に対して持つようになりました。そして戦う事以外で海からのメッセージを表現できることはないかと模索し過去2回のエクスペディション(朝鮮海峡をパドルボード、アウトリガーカヌーで漕破)を通じて海に生きる自分の能力へ挑戦しました。 そして2004年という新しい年を迎えた今。自分は、地球の生態系のなかで最も進化した我々人間が“生きる為の知恵”として便利さを追求し繁栄を遂げてきたことを痛感しています。近代化が進むこの激動の時代がますます混沌としてきているなか、一方通行な情報によって世界中の紛争や抗争のニュースが伝わる中で、自分を見失うことなく冷静に、そして原点に立ち返って時代を見極めるのはたいへん困難です。発展し続けることだけが人類の幸せなのでしょうか。人間だけが急ぎすぎる時間、もっと地球時間、宇宙時間で生きていきたいと願っています。 そういう背景で失われようとしている沖縄海人のサバニ帆漕能力を現代に甦らせ、日本発祥と言われる“カヌー(舟)”の語源を辿りながら、古人が時間をかけて旅した黒潮の軌跡を追う航海を決心し、今仲間を集めています。 優れた海洋民族が生まれた日本国の誇りと、自らの価値観をもう一度ゆっくりと見直し、心を取り戻すことで海を通じて地球が訴える大切な想いを感じてほしいと思います。今年の夏、祖先から脈々と受け継がれた命の手綱をもう一度握り締め、地球と人間が互いに共存していく社会に向かう航海。この貴重な冒険を通じて、自分が見た世界や感じた思いを、子供から大人まで多くの人に伝え後世に残していくことが、我々が行動できる第一歩だと信じています。
海人EXPEDITION 『サバニ帆漕航海2005』 実行委員長 海人丸 キャプテン 荒木 汰久治
航海を通じて現代社会において人と人、人と海が共に健康に生きていくことの大切さを訴える。
”人と地球の共生”、”持続性社会”をもっとうとする愛・地球博を目指し、沖縄から愛知まで約2000キロの人力航海に挑む。(海図・コンパス等の現代機具に頼らないスターナビゲーション航海でトカラ列島を縦断) 黒潮に乗って移動した古人の太古日本列島の自然、文化環境を見て海洋民族の歴史を感じる。 宮崎の飫肥杉の利用価値を再発見し、糸満の海人文化、サバニ漁撈の帆漕技術を習得し価値を再現する。 寄港地の人々と触れ合い健康なライフスタイルを提案する。(親子乗船体験会、小学校訪問)
海人EXPEDITION 『サバニ帆漕航海2004・2005』 実行委員会
出発日時 出航:2005年6月5日(日) 到着(愛知)2005年7月24日(日) 帆走期間は約1ヶ月半。(天候によって変更せざるをえないことがある。)
セイリングによる航海(6〜8Kt.)が中心。セイリング+パドリング(8〜10Kt.) 沖縄⇒九州間 スターナビゲーション航海(GPS・コンパスを使わない) 夜間航海は最長2日間(48時間)。天候をみながら途中で経由地点を最終判断。
沖縄―愛知間 約2000キロ 出航場所:沖縄県糸満市・糸満漁港 中継場所:伊平屋島、奄美大島、屋久島、種子島、宮崎・日南、高知・室戸、和歌山 那智勝浦、三重・鳥羽、愛知・内海、(静岡・伊豆)
■ 各島々の舟漕ぎ、サーフィン、ライフガード等、海のスポーツに携わる20〜30代の男女 (述べ人数30名) ■ 地域の人間達がリレーしながらクルーを結成。 クルーメンバー4〜6名(使用する船による) 伴走船運転手2名/サポートスタッフ2名/記録員2名 計10名
帆漕者⇒1〜6全てをクリアしていること/伴走者⇒上記1、2をクリアしていること
実行委員がメンバーを選出し、委員会を経て承認する。
アウトリガーカヌークラブジャパン
文部科学省・環境省・沖縄県・糸満市・宮崎県・愛知県 日南市、知多郡南知多町、日南市学校教育課、沖縄県教育委員会、名瀬市教育委員会、宮崎市教育委員会、南郷町教育委員会、宮崎県在京経営者会議、宮崎県産業活性化協会、在京日南の会、日南商工会議所、奄美大島観光物産協会、奄美大島広域事務組合、日本労働組合連動会宮崎県連合会、笠利ライオンズクラブ、名瀬ライオンズクラブ
文部科学省・環境省・沖縄県・糸満市・宮崎県・愛知県
日南市、知多郡南知多町、日南市学校教育課、沖縄県教育委員会、名瀬市教育委員会、宮崎市教育委員会、南郷町教育委員会、宮崎県在京経営者会議、宮崎県産業活性化協会、在京日南の会、日南商工会議所、奄美大島観光物産協会、奄美大島広域事務組合、日本労働組合連動会宮崎県連合会、笠利ライオンズクラブ、名瀬ライオンズクラブ
【沖 縄】 前島小学校・徳之島・亀徳小学校・奄美大島・奄美小学校 【宮 崎】 宮崎小学校・本郷小学校・細田小学校・大堂津小学校
【全 国】 (NPO)グローバル・スポーツ・アライアンス、(株)エックスワン、(株)デサント・アリーナ・(株)ガールズガード、東京都港区医師会、財団法人 赤枝医学研究財団 【沖 縄】 沖縄県座間味村村おこし課、糸満市役所ふれあい地区整備プロジェクトチーム、糸満漁業協同組合、糸満市商工水産課、糸満市観光協会、琉球新報社、慶良間海洋文化館(海洋館)、(財)海洋博覧会記念公園管理財団、恩納村役場、伊平屋島役場、伊平屋島漁業協同組合 【鹿児島】 沖永良部知名役場、沖永良部知名観光協会、沖永良部漁業協同組合、徳之島漁業協同組合、古仁屋漁業協同組合、瀬戸内町役場、名瀬漁業協同組合、財団法人奄美大島教育会館維持財団、竜郷町漁業協同組合、十島村中之島支所、十島村役場、安房漁業協同組合、西之表市役所、種子島漁業協同組合 【宮 崎】 日南漁協、大堂津漁協、日南市地鶏普及促進会、チョロ船保存会、金丸林業有限会社、ビジネスホテル鶴富、農家民宿上の丘、FREEDOM SURFBOARDS
【実行委員長】 荒木 汰久治(アラキタクジ)http://www.arakitakuji.com/ 1974年6月29日生 30歳 宮崎県出身 職業:ライフガード 【名誉理事】 ナイノア・トンプソン【外洋航海師/ハワイオアフ島】:ハワイ“ホクレア号”キャプテン ジェイク水野 (OCCJ創設者/ハワイオアフ島)
【後援会長】 荒木 傑 【東京事務局】 荒木陽子(自営業) 中村隆洋(会社員) 【愛知支部】 栗本宣和(高校教師・カヌー指導) 亀山英一(会社員/愛知) 【宮崎支部】 椎葉隆(作業療法士) 【鹿児島支部】 武 照幸(奄美クラフトマン) 【沖縄支部代表】 伊藤正量(会社員/福岡) 山本菊代(会社員)
谷口義幸 (日南市長) 高山弘憲 (宮崎県在京経営者会議 会長) 中島勝美 (宮崎県産業活性化協会 会長) 山中祥弘 (在京日南の会 会長) 田中 静 (日南商工会議所 会頭) 大城 晃 (沖縄県座間味村村おこし課) 宮里清五郎(沖縄県座間味村海洋文化館館長) 中山清美 (奄美大島笠利町歴史民族資料館館長) 大城 清 (沖縄伝統サバニ大工) 坪山 豊 (奄美大島伝統船大工) 森 洋治 (サバニ“海想号” 船長) 奥 篤次 (奄美大島笠利ライオンズクラブ 会長) 茂在寅男 (海洋大学名誉教授 海洋考古学) 藤原一絵 (横浜国立大学環境情報研究所 地球生態系学) ナイノア・トンプソン(ポリネシア伝統航海術“スターナビゲーション”継承者)