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HOMEO.C.C.J その他大会・イベントMOLIKA'I HOE 2002
大会レポートMOLIKA'I HOE 2002 PHOTOS

 2002年10月13日、ハワイにおいて、第51回モロカイ・ホエ・アウトリガー・カヌー世界選手権が行われた。これは、モロカイ島からオアフ島までの41マイルに及び、トップでも5時間以上かかるという非常に過酷なレースである。このレースのために、ハワイをはじめとする世界各国から100を超えるチームがエントリーし、1000人以上のパドラー達が終結した。わがOCCJも日本から唯一のエントリーを果たし、今回で4度目のチャレンジを迎えた。この日のために、日本では過酷なトレーニングとトライアルが行われ、選考された日本人7人に、ハワイからジェイク水野、ナイノア・トンプソンの2人を迎え入れ、ベストメンバーで臨んだ。
【大会参加日】 2002年10月13日(日)
【O.C.C.J】

荒木汰久治
 チーム・キャプテン。
 スキー、ボードに続き
 モロカイ3制覇に挑む。

澤田  剛
 モロカイ初参戦時のメンバー
 2年間のブランクを克服し
 カムバック。

菅沼 靖史
 八王子に住む社会人パドラー
 昨年に続き2度目のチャレンジ。

伊藤 正量
 一度はパドルを置いた
 社会人パドラー。
 再びパドルを手に
 初のモロカイへ。

石井 英一
 ライフセービングのアイアンマン
 ・レースでも活躍。
 昨年より連続出場。

鈴木 祐輔
 高校で体育を教える傍ら
 パドル。
 抜群のパドル力で初起用。

磯貝 元希
 唯一の学生での挑戦。
 至上最年少で未知の世界、
 モロカイへ挑む。

ジェイク水野
 一昨年、昨年に続き
 今年もOCCJクルー
 としてモロカイに参戦。

Nainoa Thopson
 昨年からステアを担当し、
 今年も最高のコース取り
 を行う。
   
【 RECORD】 6時間8分、120チーム中30位
レース当日は、極端にフラットという非常にタフなコンディションで、精神力の勝負となった。ジャパン・チームは、6時間8分、120チーム中30位でフィニッシュ。大躍進した昨年の順位を上回ることは出来なかったものの、しっかりと結果を残したといえるだろう。それよりも、個々の胸に残った思いはかけがえのないものとなり、多くのものを日本へ持ち帰ったことだろう。この思いは代々受け継がれ、ジャパン・チームは一歩一歩確実に前進している。

■MOLOL'I HOE 2002 レポート

2002年10月4日

 空港に降り立つとハワイは朝を迎えていた。時差ぼけで頭がすっきりしなかったが、懐かしいハワイの景色と気候のおかげで、一瞬で眠気が吹き飛んだ。ライフガード・テストで何度も泳いだアラモアナ・ビーチや、サーフ・スキーの乗り方を覚えたどぶ川アラ・ワイ、目に飛び込んでくる懐かしい光景一つ一つが僕達を迎え入れてくれた。
 ホテルのチェックインを終えるとすぐに相棒のもとへ向かった。ピカピカでツルツルノ僕達の相棒、アウトリガー・カヌー。このカヌーと共に僕達は島を渡る。
 ハワイ・カイへ行き準備を終えると早速試乗。なかなかのもんだ。そして今日は軽めのトレーニング。波に乗ったら長旅の疲れも時差ぼけも一気に吹き飛んだ。
 が、帰りの車に乗ると一気に眠気が襲ってきた。今日はこのままベッドへ直行かな。時差ぼけでつらいので今日はここまで。

OCCJクルー 磯貝


■MOLOL'I HOE 2002 レポート

2002年10月5日

 部屋の電話が鳴り、仲間の声で目覚める。アラームは無意識に止めていた。朝の散歩の時間だ。ワイキキからカイマナまで半分寝ながら歩く。が、カイマナへ辿り着く頃にはすっかり目が覚めていた。朝の海が僕達を迎えてくれる。懐かしいカイマナの風景を見て嬉しくなった。
 昼前から久し振りのハワイ・カイ・ラン。思いきり吹きつけるハワイ特有の強い風にわくわくした。が、体が思うように動かず意気消沈。まあハワイの環境がすぐに僕を元気にしてくれるだろう。マイ・ペースに行こう。
 昼食のランチ・プレートを大急ぎで食べ、すぐに午後のトレーニングへ。正面から風が吹きつける。最高のトレーニングだ。帰りは風を背に受け一気にパドル。調子も良くなってきたし、気持ち良かった。
 夜はジェイクさんに連れられて久し振りにうまい飯にありつけた。これで明日も頑張れそうだ。多分。

OCCJクルー 磯貝


■MOLOL'I HOE 2002 レポート

2002年10月6日

 今日は早朝からカヌー・トレーニング。日はまだ昇らず、ワイキキの街は眠りについていた。車に乗り込みカヌーのもとへ。と思いきや僕だけ途中で下ろされ、アラ・ワイへ一人向かった。またここに来てしまった…。ここは前回ハワイに行っていた時、まだバランスをとるのもままならない頃、サーフ・スキーを練習していた場所だ。この川はとにかく汚い。でもフラット・ウォーターのいい練習ができた。トレーニングが終わりビーチへ戻る頃には日も昇り、ワイキキはいつもの清々しい朝を迎えていた。
 朝食と昼寝(朝寝?)を挟んで2度目のハワイ・カイ・ラン。昨日の苦い思いが頭を過る。でも、今は少しでも長くパドルして、それを自信にするしかない。自分を信じろ!そう言い聞かせる。ナイス・ステアのおかげもありなかなかいいトレーニングが出来た。
 トレーニング後、カヌーに祈りの儀式を行い、食事へ直行。死ぬほど食った。食う、寝る、パドルする。Living healthy?

OCCJクルー 磯貝


■MOLOL'I HOE 2002 レポート

2002年10月7日

 朝5時半。暗い街の中をランニング。眠気が一気に吹っ飛ぶ。
 朝食後、カヌーを港まで運んだ。僕達よりも一足先にカヌーはモロカイ入りすることになる。港ではたくさんのカヌーがトレーラーに牽引されていた。日本ではとても考えられない光景だ。レースに出るクルーも大勢集まっていた。正直、体のでかさにびびった。この中にいると僕達はまるで子供のようだった。
 午後からカヌー・トレーニング。今日からはステアのナイノアも合流。ハワイアンの象徴的存在であるホクレア、そのクルーでありハワイの英雄であるナイノア。彼と一緒にレースに出場できる事を本当に嬉しく思う。トレーニングにも俄然気合が入った。パドル中はもちろんナイノアの顔は見えないが、彼が同じカヌーに乗っているということで大きな信頼と自信が生まれた。
 ハワイの英雄、ナイノア・トンプソンを迎えたジャパン・クルー。その成果が試される時はもうすぐだ。

OCCJクルー 磯貝


■MOLOL'I HOE 2002 レポート

2002年10月8日

 部屋の電話が鳴り飛び起きる。時計を見ると5時34分。寝坊した…。ダッシュで階段を駆け下りロビーへ。もちろん全員集まっていた。そのまま朝の散歩へ行き、夜明けを待たずに海へ。ひと泳ぎして海から上がる頃にはようやく日が昇り、ビーチに人が出始めていた。
 すっかりワイキキの街が目覚めた頃には、僕達はハワイ・カイへやって来ていた。そしていつもどおりの朝のカヌー・トレーニング。途中カヌーが転覆するというアクシデントもあったが、無事終える事が出来た。
 ランチは楽しみにしていたオックステール・スープ。古びたボーリング場にある食堂なのだが、これがうまい!やっとハワイに来た事を実感。
 午後は久々のオフ。ついに楽しみにしていたショッピング。ついつい衝動買いしてしまいました…。でもこれでレースも頑張れそうだ。

OCCJクルー 磯貝


■MOLOL'I HOE 2002 レポート

2002年10月9日

 いつものように夜明け前に起床し、朝の散歩、朝食を終え、やっと念願のサーフィンへ。今までやりたくてうずうずしていた。ワイキキのビーチでボードを値切ってレンタルし、全力でポイントまでパドリング。波はちょっと寂しかったが、それでも十分楽しめた。おかげで心も体もリフレッシュできた。
 夕方からカヌー・トレーニング。恐らくこれがレース前最後のトレーニングになるだろう。パドルする手にも自然と力が入る。ひとかきひとかき丁寧に。美しいサンセットの中、気持ち良くトレーニングを終えることが出来た。後はいよいよ本番のレースのみ。やることは全てやった。これまでのトレーニングを信じ、自分を信じ、仲間を信じ、パドルするだけだ。

OCCJクルー 磯貝


■MOLOL'I HOE 2002 レポート

2002年10月10日

 朝4時起床。いよいよレースに向けた調整が始まった。ワイキキの街はもちろんまだ眠っている。
 朝食を終え、モロカイ島出発に向けた準備を始める。今日は忙しい1日になりそうだ。スーパーで食料を大量に買い込み、先発隊を空港まで送る。その後、レースで使用するユニフォームをピックアップ。僕達の白いカヌーに映えそうな鮮やかなイエローのシャツ。なかなかの出来映え。最後に、練習で使用させてもらったパドルを返却しに行った。ランチはもちろん車の中。そんなこんなで結局今日はビーチへ行けず仕舞い。
 夕方からは今朝日本から到着したクルーの家族と夕食を。クルーと家族が一同に揃うのはこれが始めての事。これから始まる長く厳しい戦いを前に、非常にリラックスした、いい時間を過ごすことが出来た。善戦を約束し、家族と別れた。
 明日はいよいよモロカイ島へ出発。今までその地に立つことを夢見てきた憧れのモロカイ。想像することすら出来ない未知なる大地。その地へ大きな一歩を踏みしめる。熱い思いを胸にして。

OCCJクルー 磯貝


■MOLOL'I HOE 2002 レポート

2002年10月11日

 いよいよモロカイ島出発の朝。朝1の便で向かう。見慣れたオアフの風景を後にし、未知なる島、モロカイへ。ラナイ島経由だったが、1時間足らずで到着。降り立った所は空港と言うにはあまりに何もない所だった。
 1ボックスのタクシーに乗り込み、ホテルへ向かう。赤土の大地に真っ青な空と海。道は果てしなく続く。対向車はほとんどなく、人気もない。本当に何もない。
 丘からオアフ島が望めた。オアフ島へ帰る手段はカヌーのみ。2日後僕達は島を渡る。近いのか、遠いのか、辿り着けるのか、辿り着けないのか、僕には全く想像がつかない。ただ仲間と共に、胸に勇気と希望を抱えパドルし続けるのみ。なぜパドルし続けるのか、そこに何があるのか、僕には分からない。ただそこには何かが待ってる気がする。
 ほぼ同じような光景が窓を通り過ぎ続け、やがて目の前に大きな建物が現れた。ここが噂の5スター。こんな所に泊まるのは初めてだ。
 ホテルに入ると一人の人が声をかけてきた。彼が差し出した新聞を見るとなんと僕達の写真が。先日の取材の記事が大きく載っていた。こりゃすげえや。

 当日のスタート地点へ行くとたくさんのカヌーと大男達がいた。今日の新聞のおかげで僕達はここでもちょっとした有名人になっていた。それにしてもこんな光景は初めて見た。こんな光景をいつか日本でも…。
 カヌーの準備をさっさと終え、ホテルでゆっくり過ごす。夕食がこれまたやばかった。うますぎ。
 静かなモロカイの夜。音も光もほとんどない。空には今まで見たこともないようなたくさんの星。うっすらとオアフの光が届く。やっとここへ来た。そう感じた。大自然が僕にパワーをくれる。心が休まる。と次の瞬間、闘争心が体を漲る。気持ちの高ぶりを押さえ込むようにベッドに潜り込む。いよいよだ。

The Honolulu Advertiser 2002.10.11記事:訳 全文はこちら

OCCJクルー 磯貝


■MOLOL'I HOE 2002 レポート

2002年10月12日

 レース前日の朝。当日を想定して朝4時に起床。その後すぐに朝食をとる。寝起きで食欲はないが6時間に厳しいレースに耐えるためには嫌でも口の中に物を詰め込まなければいけない。これもトレーニングの一つ。
 その後、軽い運動を各自行い、体を起こす。当日のスタートは7時半だからそれまでには体を起こしてベストの状態にもっていかなければならないわけだ。
 日が昇ったところで写真撮影。こんなところでちょっと緊張してしまった。
 少し時間をおいて早めの昼食。近くにはKFCと小さなスーパーしかないので、2日連続のKFC。昨日はおいしく感じたが、今日はさすがにつらい。
 午後、ナイノアと合流するため、明日のスタート地点になるハーバーへ。多くの人、多くのエスコート船、多くのカヌー。カヌーは昨日より更に増え、ゆうに100は超えている。ナイノアに再会後すぐに最後の調整へ。数十分の練習だが最後とあって皆集中している。1パドル、1パドル丁寧に、思いを込めて。それはレースでも同じ事。カヌーを通じて皆が1つになる瞬間だった。
 早めの夕食を終え、最後のミーティング。ナイノアが明日のコンディション、そしてルートを説明する。僕達は全てをナイノアに任せ、ひたすらパドルし続けるのみ。ナイノアを信じ、仲間を信じ、オアフを目指す。思いは一つに。明日はいよいよレース。泣いても笑っても一度きり。どうせやるなら笑ってやろう。最高の瞬間を味わうために僕はパドルする。熱い思いを胸に、命を賭けて、明日戦う。

OCCJクルー 磯貝


■MOLOL'I HOE 2002 レポート

2002年10月13日

 僕は今帰りの飛行機の中でこの日の日記を書いている。昨日の出来事、それはまるで秋の夜長の夢のようであまりはっきり覚えていない。でも体のあちこちが痛いからあれは夢じゃなかったんだろう。頭はまだすっきりしない。でも一つだけ言える事、昨日僕達は島を渡った。重い頭を起こし、微かな記憶を辿ってみよう。
 あの日も朝起きるとあたりは真っ暗だった。空には数え切れないほどの星。つい見とれてしまう。ふと我に返る。今日が何の日だったか思い出した。パンやら果物やらを胃の中に詰め込み、ストレッチで体を起こす。そしていよいよ戦場へ乗り込む。
 ハーバーへ着くとすでに多くの戦士達が集まっていた。彼らは楽しそうだった。が、目の奥にはやはり光るものがあった。皆この日のために死ぬほどトレーニングしてきたのだろう。そうでなければこの場には立てないのだから。
 各チームがそれぞれスタート前にお祈りをし、海へ漕ぎ出す。長い長い戦いの始まり。100を越えるカヌーが1列に並ぶ。戦いの前の異様な静けさ。号砲を待つ。と、天を切り裂く轟音が鳴る。スタート。全てのチームが全力で漕ぎ出す。これから始まる長い長いレースの事など考えず全力で。僕達も全力でスタートしたが、身体能力の高い外国人達にパワーでねじ伏せられ、あっという間に差をつけられてしまった。だが焦る必要はない。戦いは始まったばかり。
 45分後、いよいよ外洋に出て、ファースト・チェンジ。すでにスタートの遅れを取り戻すかのように、前に見えるカヌーを一つ一つ確実に抜いていく。並んだら絶対に負けない。外洋は驚くほど静かだった。乗れるうねりも少なくタフなコンディション。気持ちで負ければそこで終わり。とはいえ日本とは比べ物にならないコンディションである。日本でこれ程うねりや風が強い所はほとんどない。想像を絶するレース。それがモロカイ。
 レース終盤、最もうねりの大きいココ・ヘッド沖へ。精神的にも肉体的にも限界を迎えようとし始め、レースはもはや気力勝負となった。それでも前方の視界に入るカヌーがあれば絶対に並び、そして抜く。自分でもどこにこんな力が残ってるんだと思うほど、皆力強くパドルしつづける。ハワイ・カイに入ると様々なルートに設定したライバルのカヌーが次々に見え始め、あっという間に周辺には5,6艇のカヌーが並んでいた。絶対に負けたくない、後悔だけはしたくない。その思いだけが体を動かしていた。1時間以上のデッド・ヒートを繰り広げ、ついにゴールのワイキキが見え始めた。その時生まれた気持ちは、早くゴールしたいという思いではなく、意外にも、このままもっとパドルし続けたいという気持ちだった。このままカヌーに載り続けたい。それしか考えられなかった。
 そしてついにゴール。なんとも言えない感情が込み上げてきた。この場に仲間と共に立てたことを本当に嬉しく思った。多くの人のサポートを受けてこの舞台に立てたことを大変ありがたく、そして嬉しく思う。
 僕の初めてのモロカイへの挑戦は終わった。でもすぐにもう一度モロカイに挑戦したいという気持ちが込み上げてきた。ゴールした次の瞬間に僕の2度目のモロカイへの挑戦は始まっている。来年またこの地へ立ち、そしてこの気持ちを味わう。その日まで、僕は振り返ることなくパドルしつづける。

OCCJクルー 磯貝


■MOLOL'I HOE 2002 レースを終えて

伊藤正量

 レース後、僕はサングラスをはずすことが出来なかった。
完漕できた“達成感”、こんな素晴らしい経験をさせて頂いたという“感謝の想い”、期待に応えるパドルが出来なかったという“悔しさ”。ゴールでインタビューを受けるジェイクさんと汰久治の顔を見た瞬間、いろんな想いが胸にこみ上げ、涙を堪えることが出来なかったのだ。嬉し涙なのか悔し涙なのか、自分でも解らないほど大きく感情を揺さぶられた深い感動の涙だった。
就職して福岡に戻り、一度は置いたパドル。東京転勤を機に再開し、今、“仕事とパドルの両立”にこの上ない幸せを感じている。当然、来年もまたファーストクルーを目指す。
「このままでは終われない」という胸に残った想い。それは何かの形でチームに貢献したいということ。もちろん、ファーストクルーに選ばれたいという想いは強いが、“モロカイ”の経験をチームに伝えることがファーストクルーの大事な責務だと考えている。来年の“モロカイ”はもうスタートしている。28歳にしてゼロからの再チャレンジ。
“モロカイ”がくれた深い感動は、パドルする僕の背中を力強く押す。ジャパンクルーのさらなる前進を目指して。

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