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HOMEO.C.C.J その他大会・イベントMOLIKA'I HOE 2003大会レポート
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■MOLOL'I HOE 2003 レポート

2003年10月3日

 日本出発の前夜、準備に追われなかなか眠れなかった。出発当日の朝、葉山で国内最後のトレーニングセッションを行う。伊藤(正量)、亀山を除いた5人と小林(俊)を加えた6人で葉山〜長浜をOC6で1時間30分程漕いだ。気合が入っていたのか、今までで一番いいタイムが出た(多分)。
 練習を終えるとその足ですぐさま空港へと向かった。昨日あまり寝れなかったせいか運転中渋滞にはまり眠気に襲われるが、なんとか危機を乗り切り成田へ無事到着。
成田から約7時間、朝の7時頃ホノルル国際空港に到着した。朝だったので少し肌寒く感じた。 
 その後空港で愛知、沖縄組と合流するとレンタカーをピックアップし、そのまま僕らのカヌーが待つハワイカイへと移動した。FreeWayを走っていると何度となくOC1やサーフスキーを載せた車とすれ違った。日本では見慣れない光景だ。
ハワイカイに着くとジェイクさん管理の下、フイナルカヌークラブのOC6と共にビーチに並んでいるOCCJのカヌーに乗り、1時間程のスプリント練習を行った。朝からご飯を食べてなかった僕らは、ホテルにチェックインする前にプレートランチ屋さんでお昼を食べた。  
今回、オアフで泊まったのはワイキキサンド・ヴィラホテル。1ヶ月前にコナレースでお世話になった所で、すでにフロントのお姉さんに名前まで覚えられている。よほど疲れたのだろう皆、宿に着くなりベッドに直行、夕方まで誰も起きることは無かった。夜、ジェイクさんから晩御飯のお誘いがあったので、自宅があるハワイ・カイへ再び向かった。
 僕ら7人とかなさん、マリアとノアを加え総勢10人でテーブルを囲み、一人前400gはあるであろうTボーンステーキとポテト、サラダを御馳走になった。これだけ食べたら明日から頑張れそうだ。
 気がつくとすでに22時を回っている。明日も朝練があるので、ホテルへ戻る事にした。眠りに就いたのは23時、果たして明日時間どうり起きれるだろうか。

OCCJ 合田光伸
(写真:フイナルのおじさんクルーたち。カメラを向けると快く応えてくれた。ハワイカイにて)


■MOLOL'I HOE 2003 レポート

2003年10月4日

 目を覚まし、時計を見てみるとAM6:30を回っていた。ヤバイ!寝坊したと思い、辺りを見回すとまだ誰も起きていなかった。時差ぼけが抜けきれてないのだろう、誰もアラームに気付く人はいなかった。 
今日は朝、夕の2部練習。僕はジェイクさんの子供達の面倒を見ていたので練習には参加しなかった。夕練まで時間があったので皆サーフィンへ出かけた。ノースへ行く人、ウエストサイドへ行く人、それぞれが散らばって行動した。後から聞いた話だがノースでは10ft.位の波があったようで、その波をこの目で見たかったと後悔する。しばらく周りではこの波の話題で持ちきりだった。 
今回OCCJメンバーとして二人のハワイアンが僕達と共に海峡を渡る事になった。一人はナイノア・トンプソンと言って過去に二度、モロカイでOCCJのステアを努めてくれた人物だ。もう一人はショーン・モナハンと言い00’01’のMoloka'iPaddleboard Raceのチャンピオン。元ライフガードで現在は消防士として活躍している。今回彼は、ストローカーと言って一番先頭に座り全体のピッチをコントロールする役割を担っている。ステアズマン以外でハワイアンをメンバーに起用するのは今回が初めてだ。彼の調子にレースの結果が掛かっているといっても過言ではない。
その彼が今日の夕練に参加した。ハワイ・カイからハナウマベイ沖まで往復約1時間20分、日本でも、まだステア経験の浅い自分だがいきなりハワイの外洋で、しかも波風共に強くデンジャラスなコースのステアを任された。ハナウマベイからココヘッドにかけて風速20Mはゆうに吹いていただろう。行きはUP、帰りはDOWNWIND。行き帰り共に舵が思うようにとれず、艇をコントロールする事の難しさを痛感する。
ショーンの冷静なピッチコントロールに導かれ何とか無事に戻る事が出来た。今後、彼の活躍に期待したい。

OCCJ 合田光伸
(写真:後ろに見える建物はフイナルカヌークラブの艇庫。ナイノアの父ピンキーの石碑の前にて記念写真。)


■MOLOL'I HOE 2003 レポート

2003年10月5日

 今朝は朝6時練習開始と早朝からの練習となった。今日は海ではなく川で練習。一時間ほどで戻ってきた。
 午後はステッカー貼りとカヌーの搬送を兼ね、練習した。
ハワイカイからアラワイヨットハーバーまでおよそ1時間半、ジェイクさんの友達のダニーにエスコートしてもらい本格的な1Wayをやった。僕はマリアとノアの子守りで艇には乗らなかったが40分後、彼らをピックアップする為子供達と一緒にヨットハーバーへと向かった。20分程してカヌーがハーバーの中へ到着した。どうやら今日は強烈なトレードが吹いていたようで、ハードだけど、とても良い練習が出来たようだ。
 OC6を芝の上に揚げるとリギングを解き、カヌーをトレーラーへと載せた。明日はカヌーが僕らより一足先にモロカイへと渡る日。カヌーの無事を祈る。

OCCJ 合田光伸
(写真:空気が入らないように慎重にステッカーを貼る。ハワイカイにて)


■MOLOL'I HOE 2003 レポート

2003年10月6日

 早朝、散歩から一日が始まる。ホテルから歩いて15分、ワイキキの外れにあるカピオラ二パークまで散歩をした。ここには鉄棒や腹筋台、ディップスができるバーなど、屋外トレ−ニング場が設置されている。
 だだっ広い公園の端っこに位置するこの場所には様々な人がやってきては日々トレ−ニングをしている。体操をやっている人やボディビルダ−、サ−ファ−、パドラ−、親子等、ここへ来ると様々な人間模様が見れる。
 1週間程の旅行で来ているツーリストで、ちょっと体を動かしたいような人にとってこんないい場所はないだろう。1週間30ドルも払ってどこにでもある殺風景なスポーツクラブに行くより、青空の下でおいしい空気を吸いながら運動した方が楽しいはずだ。しかもタダで使えるのだから行かない手はないだろう。公園に着きストレッチを行うが昨日の練習の疲労で、皆体が動かなくなっていた。上半身を念入りにストレッチし体にモーニングコールを掛ける。20分程、軽く体を動かすとホテルまで歩いて戻り朝食を食べた。
 オアフにいるときの主食はパック御飯と決まっている。日本を発つ前に、オアフにいる間は皆一緒に飯を食べた方が良いとの判断で一人当たり20パックの米を用意する事となった。それだけでは質素なのでツナ缶、鯖煮の缶詰、ふりかけ等のおかずも持ってきた。大体、1日3パックを消費する計算だ。日本へ帰る頃に無くなっていることを願う。
 朝食を終えると、カヌーをコンテナに載せる為、港へと向かった。港へ着くと既に15艇程がコンテナへ移動されていて、その中に僕らのカヌーがあった。丁度、おなじく隣でNZ/HIチームのステアズマン、カレルJrがカヌーをコンテナへと移動させていた。搬送の準備も終わり時間を持て余した僕らは、カヌーの備品を揃えにハードショップへ行きダックテープと滑り止めを購入。そのままハワイカイへとパドルしに向かった。
 夕方、オーシャンクラブというアロハタワー近くにあるクラブへモロカイのエントリーをしに向かい、ノベルティーのTシャツとサンダル、メダルを受け取った。記念Tシャツも売っていたのでお土産にと大量にTシャツを買う人もいた。明日はナイノアが練習に参加する。ホテルに戻り8時頃には寝る。

OCCJ 合田光伸
(写真:アラワイヨットハーバーにてOC6をトレーラーに積み込む)


■MOLOL'I HOE 2003 レポート

2003年10月7日

 今日も散歩から始まる。最近ようやく朝に慣れてきた。今日はナイノアが練習に参加、VTRや本を通じて知ってはいたが、実際に会うのは今日が初めてだ。彼はホクレア号の初代ナビゲーターとして知られる人物だ。伝統航海術でハワイ〜タヒチ間の航海を成功させその名をハワイ中に知らしめた彼とホクレア号は、西洋社会によって分断され、翻弄されてきたポリネシアンのアイデンティティの象徴として知られている。タヒチからハワイへと渡ってきたポリネシアンの誇り高き英雄なのだ。
その彼がお土産にとドーナツを持ってきてくれた。僕らはそれを「ナイノアドーナツ」と呼び、このドーナツを食べるとステアが上手くなるんじゃないかと冗談を言っていた。練習後は近くのショッピングモールでレース中の食料を買い出し。普通サイズの食料が欲しかったがこの店は全てが業務サイズ、しょうがなく断念する。果たしてこんなに必要なのか?というくらいの量を購入した。
焼肉バイキングの店で夕食を済ませると、近くのアイスクリーム屋へとはしごしてホテルへ戻った。明日はクルー全員揃っての練習となる。

OCCJ 合田光伸
(写真:モロカイ島からちょうど4時間が経過した地点、場所はハワイカイ沖。)


■MOLOL'I HOE 2003 レポート

2003年10月8日

 目を覚ますと時計は7時30分になっていた。急いで着替えロビーへ行くと全員集合していた。今朝は6時から下のプールで練習があったのだがそれにすら気付かずに寝坊してしまった。その為、プールで何があったのか分からないので内容を書く事は出来ない。
 ファーストクルーが全員顔を合わせたのは今日が初めて、今日もダニーにエスコートしてもらいアラワイのビーチボーイズまで1Wayをした。自分はメンバーピックアップの為、東海大のすぐ隣にある公園へと向かった。この場所へ来るのは久しぶりだ。思い出せば1年半前、パドル力を鍛える為アラワイでよく練習し、この川でパドルボードを漕いだ時には近所のちょっとした有名人になったもんだ。あれから2年が経とうとしている、そんな昔の記憶を回想していると皆が到着した。
 車を引き渡すとホテルまで歩いて帰り、残っていた仕事を片付けた。今日も夕食はパックの米とツナ缶。おかずも無くなって来たので今から買出しへ、23時には就寝。

OCCJ 合田光伸
(写真:去年に引き続き2年連続モロカイ出場を果たした社会人パドラー) Masakazu Ito.


■MOLOL'I HOE 2003 レポート

2003年10月9日

 今日は一日中、ホテルにいた。本格的な練習は昨日で終わり、今日は一日自由行動だった。サーフィンへ行く人、ショッピングへ行く人、皆バラバラに行動していた。
 ホテルの中に一日いたので特に書く事はないのだが、夕方自由行動を終えホテルに戻ってきたメンバーが自分の部屋へやってきた。
 僕の部屋にはもう一人、村瀬(チャン)さんというマッサージ師がいる。彼は二年前のモロカイから専属のトレーナーとして同行しているKanaka Ikaikaでもお馴染みの一流のマッサージ師で、クルー達の体調を管理している。
 昨日まで休み無くハードな練習をこなしてきたモロカイクルー達も、さすがに疲れが溜まったようで体の疲労を訴え、ぞくぞくと村瀬さんの下へ相談にやってきた。30分程のマッサージを受けたクルー達はすっきりとした表情で部屋へと戻っていった。体調は万全だ、あとは己と仲間を信じるのみ。
 明日いよいよモロカイへと出発する。

OCCJ 合田光伸
(写真:クルーの体調を管理するマッサージ師、Yoshihisa"chan"Murase)


■MOLOL'I HOE 2003 レポート

2003年10月10日

 朝の3時30分、チェックアウトを済ませロビーで昨日の日記を書いている。日の出まであと三時間もある。4時30分クルーが全員揃う、まだ皆眠たそうだ。日の出までは程遠いが住み慣れたホテルを後にした。
 空港へ行く前にモロカイへ持っていく必要のない荷物を、戻ってきた時に泊まるホテルへと降ろしていった。
 5時30分過ぎ、空港へ到着。まだ朝早かったので人影もまばら、だが30分もするとカウンターが混み合ってくるのでモロカイクルー達はさっさとチェックインを済ませ中へと入っていった。ジェイクさんのチケットを預かっていた僕はジェイクさんが到着するのをチェックインカウンターで待っていた。
出発予定時刻の6時10分になってもこなかったので冷や汗をかいたがしばらくして到着、なにくわぬ顔でチェックインを済ませ搭乗口へと向かった。すると、出発どころか搭乗も始まっていなかった。搭乗と出発時間を自分が勘違いしていただけなのか、それともこれがハワイアンタイムなのか?よく理解できないまま飛行機へと乗り込んだ。
 AM7時15分、約40分でモロカイ島へ到着。空港から外に出ると大勢のパドラーが荷物が出てくるのを待っていた。去年のディフェンディングチャンピオン、ライ・タヒチの姿もあった。周りを外国人に囲まれ、ただただデカさに圧倒されるばかり。
 ちょうどジェイクさんがチャーターしてくれたバンが空港へと迎えに来ていた。バンに乗り込んだ僕らは途中もう一台、車をチャーターしホテルへ向かう途中コーヒーショップで朝食をとり、カヌーが待つスタート地点へと向かった。モロカイは町を抜け出すと本当に何もない島、牧草地帯に一本の道があるだけ。ところどころに牛がいるが人影はまばら。本当に静かな町でレース抜きで一度は訪れてみたいフレンドリーアイランドだ。
 砂埃舞う1本道を10分ほどひた走ると、100艇近いカヌーが並ぶビーチに辿りついた。ここは茅ケ崎のパークのようにT字になっていて両サイド、風を交わせるようになっている。果たしてこれがモロカイレースのために作られたのかどうか定かではないが、意図的に作られた事には違いない。自分たちのカヌーを見つけるとカヌーを波打ち際へと移動させ損傷がないかを確認する。案の定、アマの塗装が欠け穴があいていたのでリペアしようとしてると、たまたまそこに居合わせたイアンが樹脂を持ってきてくれて僕らのカヌーを直してくれた。かれこれ2時間、一通りのセッティングを終えホテルへと向かった。ホテルへと移動した僕らを先に到着していたノリさんが出迎えてくれた。ちょうど1時間前に着いたというノリさんは今回、モロカイの下見とビデオグラファーを兼ねエスコートボートに乗り込む。
 今日は朝早くから動いていたせいかなんだか眠い、ホテルのレストランで夕食を済ませると部屋に戻り早々と眠りに就いた。

OCCJ 合田光伸
(写真:モロカイ・ホェレーススタート地点)


■MOLOL'I HOE 2003 レポート

2003年10月11日

 5時半起床で6時からホテルのトレーニングルームでストレッチや軽くランニングをし、明日のレースに備え体をほぐした。
 その後、再びカヌーのもとへと向かい、昨日のセッティングで不具合だった箇所を修正した。なかなか思うようにいかずてこずったが2時間近くかけ何とか直すことが出来ホテルへと帰る。
 全員のエントリーフォームをまとめ本部に提出すると部屋へと戻った。夕方、ナイノアからあと10分でモロカイに着くとの連絡が入り、スタート地点へとピックアップへと向かう。船着場に着くとナイノアと彼の仲間達をピックアップ、既に夕食の時刻6時30分を回っていた。食後は部屋に戻り、レース前最後のミーティング。
 明日ついに待ちに待った決戦の日、日本人のプライドをかけモロカイに挑む。

OCCJ 合田光伸
(写真:ナイノアを囲み最終ミーティングを行うモロカイクルー)


■MOLOL'I HOE 2003 レポート

2003年10月12日

 レース当日、AM4:00にモーニングコールを頼むがAM5:09に目が覚める。どうやらモーニングコールが掛からなかったようだ。
 今日の集合はAM5:30、既に5:10を回っている、朝飯など食べる余裕などあるはずも無く荷物を抱え、車へと走った。今日はベストコンディションで望まなければならない日なのに最悪の出だしを迎えてしまった。
 会場へ到着し荷物をエスコートボートに積み終えるとまもなくお祈りの儀式が始まった。クルーはカヌーの下へ、一方サポーターを努める僕らは昨日チャーターしたばかりのエスコートボート探しに翻弄した。何せ100艇もの船から自分たちが乗るエスコート艇を探さなければならない。かなり至難の業だ。続々と船着場から出発していくエスコート艇を横目に叫び続けた。分かるのは船のドライバーの名前のみ、エマーソン・アキオカ。この名前だけが頼りだ。ほとんどの船が出払い、残るはあと3艇。この中にいてくれる事を祈った。ちょうどその時、僕らの後ろにいたローカルの人らしき人物が声を掛けてきた。彼にエマーソンという人を探してると言うと船着場を指をさし、エマーソンならあそこだよと教えてくれた。何とか船に乗るとOCCJのカヌーをめざしかっ飛ばした。
 スタートから約5分遅れでの出港、僕らの船がビリっけつのスタートとなった。
トップ集団は既に遠く先を進んでいる、OCCJのカヌ−は何処にいるかと下位集団をやり過ごしていくがOCCJの艇は見つからない、さらに前に行くが見つからずさらに先へといった。まだスタート直後の混戦状態の為、エスコート艇はカヌーに近づく事が出来ない。仕方なく単眼鏡を使い探しているとインサイドにそれらしきカヌ−を見つけた。OCCJの船を基準に前にいるカヌーと後ろにいるカヌーの数を数えた。一目でOCCJがトップ集団にいることが分かった。後から聞いた話だがこのとき大体100中/30位につけていたらしい。最高の滑り出しを見せたOCCJチーム。この後も次々と他のチームを抜き去り、昨年の自己記録を更新する勢いで突き進んでいった。レースから4時間が経過したAM11:30、ココヘッドの沖まで到達した。ここからゴールのワイキキまでおよそ1時間30分、このまま行くと去年の記録ばかりか一昨年の記録を30分も縮める事になる、大したもんだ。ダイアモンドヘッドにさしかかると我々サポートクルーは一足先にゴールへと向かい、ビデオをセットしOCCJクルーの帰りを待った。
 あいにく最後をビデオに収める事が出来なかったが、5時間36分でゴールイン、22ndの快挙を成し遂げた。陸にあがり大会本部に張り出されたオフィシャルリザルトをみた時、思わず涙があふれた。ベストを尽くし戦ったOCCJモロカイクルー、今まで努力してきた事は今、この瞬間の為にあるものなんだと改めて感じた。練習をサボろうと思えば自分の意思でどうにでも出来ただろう。だが、彼らは違う。一つ目標を掲げたらそれを達成するまで挑戦を続け絶対にあきらめない、欲ばらず着実に挑戦を続ければおのずと光が見えてくることを教えてくれた、人は大きな目標を達成した時初めて本当の喜びを感じ、次の目標へとステップアップしていく。そういう生き物なんだと。
夕方、フイナルのパーティーに招待されナイノアの自宅へと向かい、自分たちが食べる物を買出し会場へと向かった。その後の事はあまり覚えていない。3日から始まったモロカイ生活も明日で最後、たった10日足らずのステイだったけど内容の濃い毎日を送り、1ヶ月もいるような感覚に陥った。明日は一日フリー行動。何をして過ごそうか考えている。

OCCJ 合田光伸
(写真:レース終了直後のモロカイクルー、Time.5:36.00,22nd)

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